8月31日(土)

   元来ぼくはぺちゃくちゃおしゃべりは好きではないが、この旅行の前半では、コミュニケーションをとるために土地の人とわりあいよく話はした。それが、なじんでくると、ごく簡単な意思表示、笑顔とか、感謝を表すにしても「オークン」の「オー」ぐらいが聴き取れればいいような、それで意思疎通ができる感じになってくる。朝食はレッドカレーとコーヒー、3ドルとちょっと。

 海外滞在でいつも思うのは、土地の人が自分の国の文化を誇大にも過少にもとらえていないということ。普通なんだ。日本だと、なんか未だにヨーロッパやアメリカの評価を気にしているようなところがあるでしょう。日本の文化に自信があれば、その必要はないはずだ。日本の都市部では、伝統芸能が身の回りにない。体験しようと思ったら、かなり高いお金を払わなければならない。

 この小旅行の終わりに、トゥクトゥク運転手の Polin さんが、空港の近くの湖(だったと思う)に連れて行ってくれるというので、行ってみることにした。ゲストハウスのチェックアウトが12時で、空港に5時か6時に着いて、夜8時のキャセイ・ドラゴン機に乗る。だから昼から夕方までは全然やることがなく、街を5時間も歩き回るのは疲れそう。シェムリアップは小さな街で、1週間寝泊まりしているこのゲストハウスと目と鼻の先に、Pub Street や Old Market がある。そこに行くと、コミュニケーションができるというより、セールスを追っ払うのがたいへんだから、必要以外は出入りしなくていい。2日前、仏具の鐘を買ったんですよ、45ドル。そしたら銅鑼は10000円、日本円でいいとか、鈴もありますとか、いろいろ言ってくるので、いまお金持ってないといって、逃げてきた(笑)

 このゲストハウスの受付に「Please kindly pay before check-in Thank you」と書いた札が出ているのだが、意味わかりますか?

 チェックアウトまでもうちょっと時間があるから、Pub Street の市場を歩いたが、この市場の中というのは通路が複雑で、どこ歩いてんのかすぐわからなくなる。仏具の鐘を買ったお店にもう1度寄ろうと思ったが、見つけられなかった。青いスカーフを1枚、これは2ドルで、100パーセントカンボジア綿手作りかどうかはわからないから、比較にならないけれど、遺跡群の中で買った100パーセントカンボジア綿手作りスカーフ1枚20ドルは高かったかな。まあいいや、遺跡群の中のセールスは、半分はアトラクションなのだから。

 野菜も肉もしっかり火を通して食べる国だから、生肉・生魚にハエがたかっていたって問題はないのだとは思います。それから、雨が降ると砂利道に水たまりができるが、ここにゴキブリやムカデのたぐいが集まる。室内にいるわけではないから、別にいいけど、いっそ、物珍しい光景だった。

 暑いから水分を補給したほうがいいが、ただの水ばかりもなんですし、今日は「緑茶」と書いてある清涼飲料水を飲んでますが、必ず蜂蜜なんかが入っている。日本のように「無糖」というのは、どうもないようだ。

* * *

 ただいま午後3時過ぎ。12時にゲストハウスをチェックアウトした。「deposit」とかで、メモによれば15ドル戻ってきた。ルームキーの保証金として、チェックインの時に渡したものが戻ってきたようです。

 いまいるのは湖のほとりで、魚とカエル、いずれも焼いたものを食べた。両方で5ドル。日本で言えば浜茶屋のような場所です。あちこちにハンモックが吊ってあり、寝るのにいいと言われて、横になってみています。が、使い方が、慣れないとうまく横になれない。2時間ほどごろごろしていました。水そのほかで確か3.5ドル。トイレに入ろうと思ったら、「Ticket」と言われ、何のチケットかを訊いたら、「Angkor ticket」。そんなの有効期限が切れたものだと思って、スーツケースのどっかに入れちゃったよ。2000リエル払えば入れるそうで、この細かいお金をトゥクトゥク運転手から借りて、払ってトイレに入りました。

 そういうわけで5時、シェムリアップ空港におります。防犯のためなのか、空港ではスーツケースの「wrapping」を5ドルでやっている。ビニールでぐるぐる巻きにするわけで、必要かどうかはともかく、確かに安全ではある。

 搭乗ゲート07。そろそろ7時。トゥクトゥクもゲストハウスも含め、なんか全体的にスムーズに移動・滞在しているように見える今回のツアー。ぼくは「グローバリゼーション」という言葉が嫌いだったが、なんかわかる気がした。これは「ヨコの移動」なんですよ。現代ではそれができるようになった。「タテの価値」というものももちろんあるが、全部「タテ」で考えるのもいかがなものかという感じがする。



* * *

 シェムリアップ空港を夜8時に出たキャセイ・ドラゴン機は、いちおう普通に揺れていたが、隣の席に陽気なイタリアのミラノのお兄さんがいて、出発前から英語でじゃんじゃん話しかけてきて、こっちも楽しいから英語で応じているうちに飛行機は離陸し、センチメンタルに「See you next time Cambodia」などと思うヒマもなく、「この飛行機は飛ぶか飛ばないか」という故・大橋巨泉のクイズ番組を思い出してにやにやしているヒマもなく、このイタリア人のお兄さんとほとんど2時間話し続けているうちに香港に着いてしまった。ガールフレンドと二人連れで、2人は東南アジア中を旅行して回り、カンボジアではアンコールワットほか3カ所を見た程度だそうですが、長旅の疲れで彼女さんは寝ていた。

 彼は黒澤明の『7人の侍』などを見て、日本の歴史にかなり通じていました。「切腹」と「腹切り」の違いは何ですか?と訊かれたが、ほぼ同じ意味だよという以外答えようがなかったんだけど、違いが分かる人いますか?かなりの映画好きだそうで、ヨーロッパ映画で好きなのある?と訊かれ、フェデリコ・フェリーニの『道』を言いたかったんだけど、フェデリコ・フェリーニを度忘れし、ついに出てこなかった。サルヴァドール・ダリとルイス・ブニュエルによる『アンダルシアの馬』(これはぼくの記憶違いで、『アンダルシアの“犬”』が正しいんだけど、あの無声映画には“犬”が出てこない。“馬”しか出てこない。4回見てますから間違いない)を挙げたら、今度は彼のほうが知らなかった。日本に来たがっていたが、京都や奈良は知らない様子。ヤニス・クセナキスやジョン・ケージは知っていたけれど、自分は聴かないとのこと。文学の話も出て、ぼくは川端康成が好きだと言ったが、イタロ・カルヴィーノやアントニオ・タブッキは読んだ、というような、イタリア文学の話がとっさに出てこず、まあ、しょうがない、いいや。

 話はお互いの国の伝統文化に及び、ニュアンスが通じるかどうか、「For a certain period, Japanese ignored our tradition, because of influence of Europe or America」と言ってみたら、分かってくれた。それは主として第2次世界大戦が終わった後、高度経済成長期に起きた、ぐらいまで言おうとしたが、めんどくさい話になりすぎるのでやめておいた。やめておいたが、程度の差はあっても、どこの国でも同じ種類のことは起きているようで、ただしそれが国家単位の政治的な出来事なのかどうか、というところで事情が違ってくるのかもしれない。彼は明治維新についても知っていて、ヒマつぶしだったかもしれないが、なんかそんなことで話が合ってうれしかったんだろう。ぼくも面白かった。

 それでいま、深夜0時55分香港発成田行きのキャセイ・パシフィック機内です。さっき乱気流を通過したけど、まあそう揺れてない。カンボジアのトゥクトゥクのとんでもない揺れを経験してきて、安全圏内の揺れというものがぼくの中で、またちょっと更新された感じ。どこ飛んでんのか知らないけど、ごゆっくりおくつろぎくださいというアナウンスに素直に従ってごゆっくりしてます。成田まで、あと2時間22分だそうです。

 本来ならば寝ている時間だが、成田空港まで2時間ちょっとでしょう。夜のフライトだからアルコールのサーヴィスがあると期待してたんですが、ビールは出てこない。

 しかし…いまや飛行機の中で Wi-Fi がつながり、みんな平気でスマホをやっている。それは結構なことだが、大仰なことを言うようだが、文化とか伝統とかいうものが切れた風土だったら、せっかく便利なスマホも、ディスコミュニケーションを招きかねないのではないかね。

 2度目の乱気流ですというので、シートベルトを締めてますが、さすがに手書きの文字は書きにくいだろうが、このパソコンが打てる程度の揺れ。と思ったら、乱気流終わったそうです。なんか眠くなってきたが、成田空港までは残り1時間半を切りました。起きてるか。



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